家族信託において、信託受益権は遺留分の対象となるのか?

信託受益権は遺留分侵害請求の対象になるとされています。この記事では、家族信託における4つの遺留分対策についてお伝えします。

信託受益権とは?

信託財産から得られる利益を受ける権利を信託受益権といいます。

信託契約が締結され、受託者から受益者に財産が信託譲渡されると、信託受益権が発生します。

信託受益権は財産とみなされ、売却や担保として利用することができます。信託受益権の譲渡に伴い、信託財産の経済的利益を受益者に渡すように請求が可能です。

この家族信託の信託受益権が、相続争いの原因となることがあります。

家族信託を設定すると、財産は受託者の名義に変更されます。しかし、実際の権利者は「信託受益権」保有者です。

この信託受益権は、相続財産とみなされ、遺留分の対象になる可能性があります。

信託受益権が遺留分侵害請求の対象になる理由

家族信託の受益権は、生命保険金と同様、”みなし相続財産 “とされています。そのため、遺産分割の対象から除外されます。

しかし、現在の見解では、遺留分に含まれるかどうかが不明です。

以下の判決によれば、「みなし相続財産」の一例とされる生命保険金は、一般に遺留分から除外されます。

被相続人を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる。

引用:最高裁判所

遺留分と家族信託に関連する判例

本件は、父の相続人である長男が、父を委託者、次男を受託者とする家族信託の信託契約は違法であると主張した事案です。

家族信託と遺留分をめぐる裁判の経緯

父は末期癌で、診断時に余命宣告を受けていた。

不動産を含む相当額の財産を有していた父親が、亡くなる半月前に死因贈与契約書にサインをしました。その内容は、長女が相続財産の3分の1を、次男が残りの3分の2を受け取るというものでした。

その直後、次男を後継ぎとして受託者に指定した家族信託契約を締結します。その内容は、父の死亡後の受益権は、長男1/6、長女1/6、次男4/6の割合で取得するというものでした。受益権として設定されたのは、信託不動産の売買代金、賃料などの信託不動産から発生する経済的利益を受けることができるというものでした。

家族信託と遺留分について、判例から何がわかるか?

判決は、「家族信託契約が遺留分の潜脱を目的としたものとして公序良俗違反により無効」とされ、一部の不動産についての家族信託を無効としました。

その理由については次のように述べています。

家族信託の実態が、一部の信託不動産から得られる経済的利益の分配を信託当初より想定しておらず、父が長男の遺留分請求を回避するために家族信託を設定したこと認め、この部分が公序良俗に反しているため一部の信託契約について無効である。

この裁判は控訴審で和解となりました。そのため裁判所の最終的な結論は出ていません。しかし、この判決以降、家族信託を作成する際に遺留分を考慮する必要性があるというふうに考え方が変わってきています。

この判決の主なポイントは、家族信託の規定が道徳や公序良俗に反するとして、無効とされたことです。さらに、この判決は、改正された民法の “侵害された遺留分額の請求 “ではなく、旧民法の “遺留分減殺請求の仕組み “で行われたものであるということです。

しかし、この法判決から推測できることは、法の網をくぐり、遺留分を回避する家族信託はやめたほうがよいということです。

4つの遺留分対策を解説

家族信託をする一方で、遺留分については極めて慎重になる必要があることは既にお伝えした通りです。

遺留分が設定される可能性がある場合には、以下4つの対策を取ることができます。

すべての財産を家族信託化しない

2019年7月1日の相続法改正以降、遺留分侵害の請求があった場合、遺留分は金銭で補償されなければならないとされました。

全財産を信託している場合、第二受益者(受益権を取得した人)は、遺留分侵害請求が発生した場合、自己資金で対処する必要があります。

受益権の一部を渡して解決する場合は、「代物弁済」を利用する必要があります。代物弁済をする場合には、遺留分の金額と代物弁済のための受益権の譲渡益が発生すると譲渡所得税が課税されます。

つまり、受益権を渡すことで解決しても、税金を支払わなければならないのです。

さらに、第二受益者に必要な資金が手元にない場合、受託者は資金調達のために信託財産の一部を売却しなければならず、本来の信託財産の運用ができなくなる可能性があります。

このような危険性があるため、家族信託で保管しない資産は、相続の請求があった場合の予備資金として残しておくように注意しましょう。

生命保険と生前贈与の活用

遺留分侵害額請求をされた場合、請求された側は金銭で支払うことになります。請求された側が金銭を準備できない場合、現金を得るために信託財産の一部を売却する必要があり、家族信託の当初の目的が達成されなくなります。

そこで、信託財産とは別に、生前贈与や生命保険などでお金を残し、遺留分侵害額請求用の資金を信託財産外で残しておくことをおすすめします。

特に生命保険は、受取人固有の財産として財産分与や遺留分の対象外となるため、確実に確保することができます。

遺言書の付言事項の利用

遺言書には、遺言者のメッセージとして「付言事項」を記載することができます。

遺留分との関係で、例えば「遺留分侵害の請求がないことを切に願う」などとすることができます。

付言事項には法的な効力はなく、相続人の感情に影響を与えるに過ぎないとはいえ、亡くなった親族からの最期のメッセージであれば、理解される可能性はあります。

家族間での話し合い

遺留分減殺請求は、他の相続人の間で遺産分割協議がまとまらない場合や、家族間の仲が悪い場合に行われることが多いようです。

そのため、前もって相続の具体的な内容を確認し、遺族を説得する努力をすることが賢明です。

また、遺留分を支払うための十分な資金を準備しておくなど、反対する家族にも納得してもらえるような相続の条件となるような措置をとることをお勧めします。

家族信託で大切なことは、老後を子に託して財産を遺す親と、財産を受け継いでいく子が、どちらも納得できる財産管理や資産承継の仕組みを作ることです。

そのためには納得いくまで話し合うことが必要でしょう。

しかし、家族間の仲が険悪で、遺留分すら与えたくない子がいるケースがあるかもしれません。そのような子がいる場合、家族会議を開いても、その子は出席しないかもしれないし、出席しても会議を混乱させる原因になるかもしれません。

そのようなケースでは、客観的な立場から発言してくれる第三者に会議に加わってもらうのもひとつの方法です。

を言える第三者(法律専門職など)を家族会議に同席させることも一案です。

血のつながった兄弟が相続を機に争うことになるのは珍しいことではありません。しかしとても悲しいことです。たとえ不公平な遺産分割であっても、なぜそのような分割をするのかという親の想いをしっかりと伝えることが重要です。

以上、今回は家族信託と遺留分についてお伝えしました。